【感想】チコちゃんに叱られる!山手線ってどこからどこまで?

そんなこと考えたこともなかったのでまずその質問にびっくりした。鉄道の歴史と密接に関わっていて興味深かった。

以下、視聴メモ。

Q. 山手線ってどこからどこまで?


A. 品川から田端まで。昔は「やまて」と呼んでいたが、いつの間にか「やまのて」となった。
路線としての山手線は品川から渋谷、新宿方面を通って田端まで。東京駅から田端を通って大宮までの区間は東北線、東京から品川までは東海道線。山手線は実は3つの路線から成り立っていた。
日本で初めての鉄道は東京の新橋駅(現在の汐留)〜横浜駅(現在の桜木町駅)だった。
1872年日本最初の鉄道が誕生。交易の拠点横浜と首都東京を結んだ。次に首都東京都東北方面を繋ぐために上野と群馬県の高崎を結んだ。この2つの路線をつなげようとしたが、問題があった。新橋と上野の間は東京の中心で、銀座や日本橋などがあり線路を通すことができなかった。その理由としては土地の値段が高くて買収費用が嵩むこと、新しいものへの不安から住民の反対もあったため断念したそう。しかしなんとか横浜と東北方面をつなぎたかったので品川駅から西側の渋谷・新宿を通り埼玉との県境の赤羽まで線路を伸ばして繋いだ。次に、田端駅から茨城方面を繋ぐ常盤線が開通した。田端駅は茨城・福島方面から東京に石炭を運ぶ目的で開業した。常盤炭田があった。その石炭を横浜にも運ぶため、池袋にも繋いだ。この区間を後(1909年)に山手線と名付けられた。最短距離で横浜と繋ぐため、赤羽は山手線から外されてしまったそう。その後、鉄道の便利さと安全さがわかり当初反対されていた新橋から上野の区間にも1925年に開通した。
つまり、山手線は別の路線に乗り入れて一周しているということになる。
山手線の名前の由来は田端付近から山の方へ向かって走っている。山ばかりの路線なので山手線となった。今の電車は山を登ったり谷を降ったりできるが、当時の蒸気機関車は勾配2%の坂を登る力がなかった。そのため、谷の部分には橋をかけ、山は削った。渋谷は谷だった。池袋付近は山を切り開いた。