先月、テレビ東京のザ・ドキュメンタリー「最後のイタコ」を見た。イタコと言えば思い浮かぶのはシャーマンキングの恐山アンナなのだけど、なんとその直後にテレ東でシャーマンキングの放送が始まった。・・これは何かあるのかな?
で、イタコについて知ってるのってアンナが口寄せして霊を呼び出してたなあってことだけだったので改めて「最後のイタコ」を見直しつつ毎週シャーマンキングを見ている。今週の放送(第5廻)でアンナが言っていたことがちょっといいなと思ったので抜粋。
まん太「大体 葉くん はシャーマンキングになってどうしたいっていうだ?」 アンナ「本人はなんの苦労もない楽な生活がしたいと言ってたわ。」 まん太「ダメじゃん!そんなやる気のない奴が世界の救世主でいいのかあ!?」 アンナ「だからいいのよ。私は『俺が世界を救う』なんて奴はもちろん信用しないし、やってやるぜってガツガツした熱血マンが大嫌い。だって、そんな奴らに限って己の欲望剥き出しなくせに困難にぶつかるとすぐへこたれる。なぜかわかる? 奴らは結局、自意識と己の欲でしか目的を持たないからよ。でも葉は違う。葉は楽でいたい以外の目的なんか持ち合わせちゃいないもの。だからいつも笑っていられるし、目的に縛られて自由とゆとりを失うこともない。それは逆に言えばいつでも自由な発想でなんでもできるってこと。人の欲望は満たされた瞬間消滅するわ。欲の為に生まれた目的がシャーマンキングならそれを果たした後その人は何をしてくれるのかしら? 葉は何があっても葉でいられる。だから私はそんな葉を愛してる。だから私は葉は必ずシャーマンキングになれるって信じているのよ。」
アンナ一体何歳なんだろう。。。って思っちゃうくらい達観していてかっこいい。だからイタコのイメージ結構良かったというのがあるのだけど。イタコの技術継承ができなくなってしまうのはもったいないと思いつつも、今消えようとしている伝統文化って本当にたくさんあってその全てを無理して残すのには限界を感じる。言語や祭典ならまだしも職業レベルになると需要を満たせない職業が消えていくのは世の常な気がしちゃうので。
放送を見ていても(現在の)イタコが霊的な何かを持っているとは感じなかった。世知辛いけど。
それにしてもシャーマンキングって今見るとよく調べてると感心しつつ、結構ぶっ飛んだ話なのにあんなに流行ったのは不思議だなあなんて思った。呪術廻戦の流行もあるし今の小学生にも流行るといいな。
以下、最後のイタコの視聴メモ。
日本屈指の霊場と呼ばれる恐山はイタコの口寄せの場所として広く知られる。東北地方では古くから生活の一部にイタコの存在があり受け入れられていた。
「昔は大きな集落に1人はイタコがいた」と長年イタコの研究をしている八戸在住 郷土史家の江刺家均(えさしか ひとし)さんは語る。
イタコは心配事や不安があれば気軽に相談できる街のカウンセラーのような存在だった。しかし、最盛期には東北地方を中心に500人以上いたとされるイタコは高齢化で減少し続け消滅の危機に直面している。現在青森で活動するイタコは4名。そのうち3人が70代以上。残りの1人が松田広子さん48歳最後のイタコと呼ばれている。後継者が現れなければイタコの文化は絶えてしまう。
青森県八戸市には江戸時代より250年以上続く由緒あるイタコの系譜が残っている。伝統的なイタコは師弟系譜がはっきりしている。
もともとイタコは目の見えない女性たちの職業だった。そのためイタコの教えについて書かれたものはほとんどありません。その技は師匠からの口伝えのみで代々伝えられてきた。大事なのは霊感ではない。目が見えないだけに耳が、聴覚が研ぎ澄まされていく。それから鼻も。
依頼は全国から寄せられる。この日は横浜から依頼者がやってきた。23年前に突然の事故で夫を亡くしたという。事故の詳細をヒアリングして口寄せが始まる。手にする長い数珠は代々受け継がれてきたもの。
この世とあの世を結ぶという儀式が始まった。声のトーンが変わり依頼者に語りかける。頭に浮かんできた言葉をそのまま伝えているという。
30分ほどで対話は終了。依頼者は対話を通じてつかえが取れたという。客に対しては常に客観的に見るようにしているそう。同情的に見てしまうとダメ。1日の終わりに霊が元の場所に戻れるようにお経を唱える。午後3時までに全てを終わらせるのが松田さんの決まり。小学5年生の娘と6年生の息子が帰ってくるため。白衣を脱いだ松田さんは普通の主婦。生活に特別なことはない。
生活自体は変わらないが、何か禍ごとがあると偏見の目で見てくる人はいるという。松田さんがイタコの道に進んだのはなぜなのか。小さい頃体が弱く学校を休みがちだった松田さんを祖母が後の師匠となるイタコの元へ連れて行ったのがきっかけ。相談を重ねていくうちに体調が良くなり仕事ぶりに憧れた。
高校卒業後に弟子入りしてしきたりを学び、19歳でイタコとしてデビュー。地元で困っている人や大切な人を失った人たちの心の支えになりたいと進んだイタコの道。しかし、今最後のイタコと呼ばれるようになった。
今と昔でイタコに求められているものが変わった。昔は仏さんの語りを聞く。今は支社との会話がしたいというふうに変化している。イタコは神主のように資格がある職業ではない。病院やカウンセリングのように1回の料金を定めることもできない。そのため、イタコだけで生きていくことは難しいそう。更にイタコを目指す人もほとんどいない。現在現役のイタコで最高齢の中村タケさん(90)は生まれつき視力がほとんどなく自立するにはイタコになるしかなかった。しかし今は自立する方法がたくさんある。「時代がよくなって今はね、目が少々弱くても何にでも、自分の心がけ次第で勤めることもできるし。昔のように目が見えなかったら何もできなかったと思うけど、今は違うからね。イタコにならなくてもマッサージとかいろいろな職業で生計を立てられると思います。」
江刺家さんはイタコの必要性というのは、どんなに時代が進もうが精神的に悩みを抱える方がいる限りあるという。