YouTube フィットネス動画で日本一の再生回数(4億回以上)とチャンネル登録者数(226万人)を誇る竹脇まりなさん(31)がプロフェッショナル 仕事の流儀 file: 476 に出演していたので見ました。この動画↓見るとすっごく元気になるから不思議(笑)
内容としては、1年半前まで一般人だった竹脇さんが階段を駆け上がっていく中での葛藤を描いたドキュメンタリー。竹脇さんは27歳で会社員を辞めてヨガインストラクターとして箔をつけるためにアメリカに行ったりインドに行ったりと試行錯誤したけどうまくいかなかったそう。そして夫の赴任でアメリカ・ニューヨークへ転勤した頃にはすっかりインストラクターとしての自信を失ってしまっていて、YouTube の配信はしていたけどNY在住キラキラ系のカフェ巡りなどの動画配信をしていたそう。空っぽの自分に嫌気を感じて半ばやけになってダンス動画を投稿して見たら、数日でみるみる再生回数&チャンネル登録者数が増えていったとか。
コロナが追い風になったのは間違いないけれど、たくさんの葛藤を乗り越えたからこそ、あれだけの元気を振り撒き続けられるのだと思う。放送を見ていてすごく親近感が湧いた。
以下、視聴メモ。
接触を避けるため、自宅に10台のカメラを設置して遠隔での取材となった。竹脇の家にはYouTubeからチャンネル登録者数100万人超えで贈られる盾が飾られていた。秋田出身の竹脇は「秋田市の3倍って思ったらなんかすごい数だなと思って」と語った。
動画作りは音楽選びから始まる。「動画を作るときにはその音楽が始まってから動きが始まるまでっていうのは15秒以内がいいなと思ってて20秒超えちゃうとなかなか動き入らないからそこでもう動画飛ばしちゃったりする人もいる」そう。この曲いいなと思うものに出会うまでずっと聞いているという。
音楽が決まると別室で夫が踊り始めた。基本的に旦那さんがエクササイズの大枠を作る。旦那(体脂肪率10~11%, 169.7cm, 61.5kg)は顔は出していないものの、パーソナルトレーナーの資格を持っておりベースとなる動きを担当している。
それを元に竹脇が細かな動きを詰めていく。構成を考えながら段々簡単な動きからスピードアップしていく方が見ている人がやりやすいだろうと語った。「できるかできないかギリギリの方がいい」そうで、自分を基準にできる / できないを判断していく。難易度設定が視聴に大きく関わるという。
夕方4時半になって化粧を開始。その後本番の撮影が始まる。カメラマンはおらず1人で全てをこなす。収録を始めて2分30秒、間違えたので最初から撮り直す。「見ていてくださる方々はぶっ通しでやる訳なので同じ疲労感を味わいたいんですよね」と語る。撮影中、竹脇は動きの指導を一切しない。全力で体を動かし、楽しさや辛さを共有する。
「みんなと同じテンションでやりたいんですよ。カメラの先に誰か友達がいてその人と映像を繋いで一緒にやってる感じのテンションで動画を撮りたい」そう。一息つくと2本目の動画の収録を始める。撮影終了後からも大切なテロップ入れの作業が待っている。
「結構テロップ命なので。私たちの動画の一番大事にしているところだったりするので」と語る。竹脇の動画ではテロップは動きを指示するだけのものではない。完成した動画には見る人へのメッセージが溢れていた。「胸を張るだけで自信に繋がるのだ!」「だいぶ疲れてきたぁああ!!」「できてるよ!大丈夫!」など。
「自分が自分を認めてあげるのが大事。ちょっとでも心が健康になるワードをチョイスしたいなって思いますね」と語った。画面の向こうにいる人に伝えたいことは「私は、私でいい」
2本の動画を完成させたのは深夜1時を過ぎていた。「YouTuberのいいところは朝は別にいつまで寝ててもいいですから」と笑顔で語った。昨年休みはほとんどなかったそう。動画の配信は基本月20本、週5本を目指し、休日土日は絶対動画をアップしているという。
視聴者が語る竹脇さんの動画の魅力
ナナオさん(7ヶ月で-18kg)は「単純に楽しいんですかね。子どもらが『ママ1人で楽しそうやな』って言って一緒になってやってました。」
本間久美子さん(4ヶ月で-13kg)は「自分にいいね!しよう!!だとか自分は自分でいいのだ!!という言葉にビビッときた。コロナ禍で誰とも会えない寂しい時期に勝手にお友達って思ってしまう錯覚に陥った」
山浦望さん(8ヶ月で-20kg)は「本当にまりなさんに感謝しています。」と語り、初めての育児で戸惑っていたときに動画に救われたそう。「私は私でいいんだって思えるようになったのが大きいです。」とのこと。
フィットネス動画だけでなく日常の様子も配信している。激辛カップ焼きそばを食べたり、すっぴんの動画をアップすることもある。「オープンに話してみんなと情報をシェアしたいなと思う」という。
長い回り道の果てに
1年半前の竹脇さんの動画は全く違うものだった。
1989年竹脇さんは2人兄妹の妹として秋田市に生まれた。母は地元でも有名なインストラクター。小学生になるとその教室に通い始めたが、10ヶ月でやめてしまった。母の姿が眩しかった。「あのお母さんの子どもなのに下手なんだとかって思われたらやだってちっちゃいなりに思っていた」と精神的に辛かったと語った。
母の影から逃れるように竹脇さんは東京の大学に進学。就職先には知名度が高く誰もが憧れるような企業を選んだ。「会社の価値イコール自分の価値みたいな。丸の内とかをヒール履いてカツカツ。シャネルのバッグ持ってますみたいな感覚でどこどこの会社に勤めてますみたいなのがある種の優越感じゃないですけど、達成感みたいなのは感じてました。」
けれどその達成感も長くは続かなかった。やりがいを感じられなかったそう。「あれ 私なんでこの会社にいるんだっけとも思い始めて。でもじゃあ何がしたいんだっけみたいな。」どん底だった。心と体がダウンしてしまったそう。
27歳。職場に通えない日が続いた。部屋に引きこもる日々に見かねた夫が言った。「2ヶ月後に死ぬとしたら何がしたい? 紙に書いてごらん」そう言われて気付いたのが、「母が適当に流した音楽で体がのっちゃうみたいな。」「私おかんみたいな人になりたかったんだみたいな」
竹脇さんは会社に辞表を提出し、母と同じインストラクターの道を目指した。ヨガのトレンドを学ぶためアメリカ・ロサンゼルスやインドに留学した。インドではインストラクターの資格も取得した。「どこかで箔がつく体験をしなきゃって当時思って。とにかく本場で学んでこよう。人が学んでいないことを学んでこようって。」
帰国すると都内のジムをまわり自らを売り込むも尽く不採用。1年間無職の日々が続いた。
「どこでも教えたことはない。けど資格は持ってます。みたいな状態の私は書類すら通らなくって全く仕事ができなかったんです。」自分には何もないと自信を失っていったそう。
そんな中夫の海外赴任もあり逃げるように日本を立った。知人のいないアメリカで竹脇さんが始めたのがYouTubeだった。投稿したのは海外での煌びやかな暮らしぶり。その動画は必ず「NY在住ヨガインストラクターのまりなです。」で始まっていた。しかし竹脇さんはどうしてもトレーニング動画だけは出せなかったそう。
「自信がなかったです。動いてる自分に自信がなかったので出したくなかった。オーディションに落ちまくってたっていうのが自分としてはコンプレックスだったのでなんかそこでちょっと1回心折れてたんですよね。自分はプロに慣れなかったんだからやっちゃいけないって思ってました。」
そんなときに1本の動画と出会った。それがこちら
「衝撃的でしたね。最初見たとき。いろんな体型の人たちがいるんですよ。結構プラスサイズの人も一緒に踊ってたりだとか、全然もうダンス初心者の人。ほとんどリズムがとれてない人たちもみんな一緒に踊ってて。なんもいってないけどレベルは関係ないよって言われている気がして。」
ありのまま、堂々と踊る姿を見て自分が情けなくなったそう。「私は何と闘っていたのか。」竹脇さんは1本の動画を撮ることにした。動画の見出しは「HAND CLAP 〜アラサー超全力15分Ver〜」。決して投稿することのなかったフィットネス動画だった。あの自己紹介は封印した。
母と共にただ夢中で踊っていた頃を思い出しながら今の自分をさらけ出した。「グダグダで批判されると思ってアップロードするのが怖かった」そう。けれど、「これが本来の私だし、いったれ!」という思いで投稿した。
投稿から数日、思いがけないことに再生回数が爆発的なスピードで伸びていった。300人だったチャンネル登録者が8ヶ月後には100万人を超えた。続々と届く視聴者からの投稿を目にしたとき、初めての感情がこみ上げてきた。「私は、私でいい。」
「書類審査も落ちたし、会社も辞めたのにって思ってたけど。あの経験があってよかったなって思います。」と涙ながらに語った。
「インストラクターになれなかったけど、そのまんまの私でいいんだ。」
今年1月竹脇さんは1本の動画を投稿した。(冒頭に載せた動画)
長い回り道を経て竹脇さんは今、母の隣で踊っている。
シンデレラの素顔
竹脇さんのシンデレラストーリーは続いていた。夫と始めた動画制作も今では総勢8人のチームとなった。出版やオリジナルブランドの販売など、いくつものプロジェクトが動いていた。
ヨガマットは販売開始7分で完売。一躍脚光を浴びて1年半。自らの想像を超えて膨らみ続ける「竹脇まりな」という存在。竹脇さんは悩み続けていた。
しかし、立ち止まる間も無く求める声は増していく。この日はレディー・ガガのバックダンサーも勤めたプロダンサーのIGさんとのコラボだった。
竹脇さんは今どこに向かおうとしているのか。視聴者のコメントにも「まりなさんがどんどん遠くなる」と言った変化の声が見られるようになった。
「そこの葛藤みたいなのはありますね。本当に距離感そのままに大きくはなりたいですね。」と語る竹脇に番組ディレクターは「矛盾とまでは言わないけど両立難しい関係にありますよね。ずっと友達でいたいということと影響力を持って引っ張っていきたいというのは。」と返した。
4日後の3月7日、1本の動画を撮ることにした。自分に言い聞かせたい言葉を練り込んで自分に向けて動画を作るという。何かを振り切るようにハードな動きを自らに課していった。
「3年経った今も応援されたいんでしょうね。心も環境もお仕事も全部が総変わりしたんですけど、なんだろう、結局今も言われたいですね。」
1ヶ月間の密着取材どうでした?
「伝わったかな?元気になる人が1人でもいてくれたらいいなって思います。」
プロフェッショナルとは?
素直にありのままを出し続けられる人ではいたいですね。それこそ、等身大で居続ける。改めて沈むのも私だし、上がるのも私だし。それをまるっとひっくるめて私なんで。そこを認め続けながら進んでいくっていうのが一番理想なのかな。
竹脇まりな